保育園の不審者対応|刃物とガソリンを想定した、日常の観察と施錠

この記事の要点(3行)
①不審者対応は義務である安全計画の中身として、保育所保育指針にも国の事務連絡にも名指しで記載されています。
②アクティブシューター・アクティブキラーと呼ばれる襲撃者に対する日本の制度は2001年の「附属池田小事件」を境に組み直されました。アメリカは同じ問題に国として取り組み、市民が無料で学べる標準コースまで整えています。
③訓練でいちばん差がつくのは「侵入されたあと」です。ここは応急手当と繋がっているため、対応について同時に把握しておく価値が高い部分です。

※ この記事は保育園(保育所)・認定こども園・地域型保育事業所を対象としています。以下、まとめて「保育園」と表記します。

不審者対応は、園の先生方は最も不安がある部分ではないでしょうか。「何をどうまでやればいいのか分からない。」や「保護者から不審者対応や施錠について問い合わせを受けた。」との声を何度かお伺いしました。

不安が大きいのに、手をつける入口が見えない。これは、園の姿勢の問題ではなく、拠りどころになる考え方が共有されていないことが原因だと考えています。

この記事では、まず制度上どこまで求められているのかを条文と通知で確定させます。そのうえで、この分野を長く研究してきたアメリカの考え方を紹介し、園の訓練をどう組み立て直すかまで書きます。

Contents
  1. 不審者対応は、義務である安全計画の中身です
  2. 制度が動いたのは、2001年6月8日でした
  3. 日本にも、統計と研究はあります
  4. アメリカは、この問題に国として取り組んできました
  5. 理論があるから、訓練が形になる
  6. いちばん組み立てが困難なのは、「そのあと」です
  7. 日本で現実に起きるのは、刃物とガソリンです
  8. 観察が効くのは、襲撃が計画されるからです
  9. 病院に併設された保育園の場合
  10. 【現場からのひとこと】
  11. いま確認しておきたい10項目
  12. よくあるご質問
  13. まとめ
  14. 不審者対応の備えでお困りの方へ
  15. この記事の根拠
  16. 関連記事

不審者対応は、義務である安全計画の中身です

最初にここを押さえます。不審者対応は、園が任意で取り組む防犯活動ではありません。令和5年4月から義務になった「安全計画」の、中身として指定されている項目です。

根拠は3か所あります。

求められていること原文出どころ
侵入防止の措置と訓練「外部からの不審者等の侵入防止のための措置や訓練など不測の事態に備えて必要な対応を行うこと」保育所保育指針 第3章 3(2)ウ
マニュアルと役割分担「緊急的な対応が必要な場面(災害、不審者の侵入、火事(119番通報))を想定した役割分担の整理と掲示、保護者等への連絡手段の構築、地域や関係機関との協力体制の構築などを行うこと」安全計画の留意事項 ②(2)
実践的な訓練不審者の侵入を想定した実践的な訓練や119番の通報訓練を行うこと」安全計画の留意事項 ③

出典:保育所保育指針(平成29年厚生労働省告示第117号)/「保育所等における安全計画の策定に関する留意事項等について」(令和4年12月15日 厚生労働省子ども家庭局保育課 事務連絡)

同じ事務連絡には、さらに踏み込んだ一文があります。

緊急的な対応が必要な場面(災害、不審者侵入等)時における職員の役割分担や保護者への連絡手段等を定めるマニュアルの策定が不十分である場合は、速やかに策定・見直しを行うこと

「策定していない場合」ではなく「不十分である場合」です。棚にマニュアルがあるだけでは足りない、という書きぶりになっています。

そして安全計画そのものは義務であり、令和8年7月からは未策定の減算も始まりました。詳しくは保育園の安全計画にまとめています。不審者対応は、その安全計画の中身として求められている——これが、いまの制度上の位置づけです。

幼保連携型認定こども園は、もう一段強い

幼保連携型認定こども園は、就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律により、学校保健安全法の規定が準用されます。そのなかに、危険等発生時対処要領(危機管理マニュアル)の作成を求める第29条があります。

この条文は、作成するだけでなく職員への周知と訓練の実施までを求めています。園の類型によって、求められる強さが変わる点は押さえておいてください。

制度が動いたのは、2001年6月8日でした

いまの学校・園の防犯体制は、ひとつの事件を境に組み直されています。

2001年6月8日、大阪教育大学附属池田小学校に男が侵入し、児童8人が亡くなり、児童・教職員15人が負傷しました。侵入経路は、施錠されていなかった門でした。

それまで、子どもの危険といえば登下校の途中で起きるものというイメージが強くありました。この事件は、園や学校の中に入ってこられたときにどうするのかという問いを正面から我々に突きつけました。

その後、平成21年4月に施行された学校保健安全法に第29条が置かれ、危険等発生時対処要領の作成が求められるようになります。保育所についても、保育所保育指針に「外部からの不審者等の侵入防止のための措置や訓練」が書き込まれました。

つまり、いま園に求められている項目のほとんどは、実際に起きたことの検証から一項目ずつ積み上げられたものです。ひな形の言葉に見えても、背景には具体的な出来事があります。

日本にも、統計と研究はあります

日本では警察庁が通り魔事件を「人の自由に通行できる場所において、確たる動機がなく、通りすがりに不特定の者に対し、凶器を使用するなどして殺傷等の危害を加える事件」と定義しており、1994年以降の統計があります。通り魔殺人事件は、2020年までに全国で179件(未遂を含む)が記録されています。

研究もあります。法務総合研究所は2013年、戦後の重大な無差別殺傷事犯52件を分析した研究部報告50を公表しました。犯行の特徴、犯人の生育歴や動機が詳細に扱われています。

足りないのは「その場にいた人が何をすれば助かるか」です

日本の統計と研究は、認知件数と犯人像の分析が中心です。加えて、通り魔事件の認知・検挙件数は平成28年までは各年の犯罪情勢に掲載されていましたが、平成29年以降は定期公表されていません

つまり、件数も犯人像も日本で調べられています。それでも園のマニュアル策定が難しいのは、「その場にいた人が何をすれば助かったのか」という検証が積み上がっていないからです。この答えを私はアメリカに求めました、そこで見つけたのが次に見るアメリカの取り組みです。

アメリカは、この問題に国として取り組んできました

不審者対応を考えるとき、当事務所はアメリカの公的教材を参照しています。理由は単純で、件数が桁違いに多く、その分だけ検証と教材化が進んでいるからです。日本には、これだけ体系化された市民向けの教材がまだありません。

FEMAの無料コース(IS-907.a)

アメリカ連邦緊急事態管理庁(FEMA)は、「Active Shooter: What You Can Do」(IS-907.a)というコースを無料で公開しています。オンラインの自習式で、所要はおよそ60分。修了証も存在します。

「アメリカの銃対策の話でしょう」と思われるかもしれません。ところがこの教材には、銃器以外の手段——刃物、鈍器、放火、車両による突入——が明記されています。日本で現実に起きている形が、そのまま対象に入っています。

そして連邦政府の職務著作であるためパブリックドメインです。翻訳して研修に使うことができます。この点は、園の研修を組み立てるうえで非常に大きいと考えます。

ALERRT——FBIが「全米標準」に指定した訓練体系

もうひとつが、テキサス州立大学(Texas State University)刑事司法学部に置かれたALERRTセンターです。2013年、FBIはALERRTをアクティブシューター対応訓練の「全米標準(National Standard)」に指定しました。

ALERRTが2004年に開発した市民向けの戦略が Avoid / Deny / Defend(避ける/阻む/守る)で、CRASEというコースとして提供されています。これまでに25万人以上の市民が受講しています。

大学に研究センターが置かれ、連邦捜査機関が標準として認定し、市民向けに降ろす——この流れが、国として取り組むということの中身です。

ALERRTが公開しているデータ

ALERRTはFBIとともに、2000年から2024年までの襲撃事案597件を集計し、毎年更新して公開しています。園の備えを考えるうえで意味のある数字を抜き出しました。

項目数値と意味
事案数25年間で597件。直近5年は年平均46件
攻撃者97.5%が単独犯。複数犯でも一体で行動する
関係性施設と無関係が65%。裏返せば約35%は関係者(元職員・元児童など)
終結58.3%は警察到着前に終わっていた
市民その場にいた人が制圧・阻止したものが13%
被害者中央値は負傷2名・死亡1名。大量死傷は例外

この数字が大切なのは、訓練の設計を変えるからです。半数以上が警察到着前に終わっているなら、備えるべきは通報したあとの待ち時間ではなく、通報から到着までの数分間そのものになります。そして市民が終結させた事案が13%あるという事実は、その場にいた人の行動が結果を左右することの、数値的な裏づけです。

もうひとつ、園にとって見逃せないのが関係者が約35%という点です。門扉と施錠だけを想定した対策では足りません。来訪者を把握・記録することも対策の一部になるのは、このためです。

日本の保育園に再構築した対策

アメリカの市民向けコースの中核は Run / Hide / Fight(逃げる/隠れる/戦う)です。これは、自分の足で走れる大人と子どもを前提にしています。

0歳児は走れません。1歳児は指示で動きません。2歳児は、走れても目的地に向かって走るとはかぎりません。Runが成立しない年齢がある——ここが、保育園に持ち込むときの最大の分岐点です。

米国の考え方保育園での置き換え
Run(その場を離れる)歩ける年齢は職員が誘導。乳児は避難車・おんぶ紐と、一人で抱えられる人数を先に決めておく
Hide(隠れる・阻む)施錠と遮蔽が中心。どの部屋がいちばん頑丈か施錠できるかを先に確認しておく
Fight(最後の手段)さすまた・椅子・消火器。「誰が」ではなく「そのとき手が空いている人」で決める

解釈と要約が必要だという意味であって、考え方が使えないという意味ではありません。順番と判断の枠組みは、そのまま生きます。

理論があるから、訓練が形になる

多くの園で行われている不審者対応訓練は、こういう形だと思います。職員の一人が不審者役になり、園庭から入ってくる。気づいた職員が合図を出し、子どもを部屋に集める。手の空いた職員がさすまたを持って向かう。数分で終わる。

これは避難訓練と同様に行動を確認するために必要な訓練です。大事なのはその前に過去の同様事件から得られた教訓を知識として習得し、それを園の対応策として制度にまで落とし込むことです。これにより同じ訓練が何倍もの効果を発揮します。

理論を先に入れると、訓練は変わります。判断の軸が3つあることを職員が知っているだけで、同じ10分の訓練が別のものになります。

  • 距離——いま、どれだけ離れているか。離れているなら、まだ選択肢がある
  • 間にあるもの——扉、門、机。ひとつ挟むだけで、稼げる時間が変わる
  • 子どもの人数と月齢——動かせるのか、動かせないのか。動かせないなら、その部屋を固める

この3つを言葉にしておくと、訓練のあとの振り返りが「うまくできました」で終わらなくなります。「あのとき、なぜその判断をしたのか」を話し合えるようになる。訓練の目的は、そこにあります。

人は緊張下で、普段どおりには動けません

災害心理の研究では、人は危機に直面したとき3つの段階を通ることが知られています。否認 → 熟慮 → 決定的瞬間です。生き延びる人は、この3段階を速く通過します。速く通過できるのは、事前に準備していた人です。

最初の「否認」で働くのが正常性バイアスです。脳は目の前の出来事を、すでに知っている枠に当てはめようとします。例えば銃の発砲音が聞こえても、その異常な物音を「工事だろう」と処理してしまう。もうひとつが社会的証明で、人は状況が曖昧なとき、周囲を見て自分の行動を決めます。誰も動かなければ、自分も動きません。

保育現場に直結する実例があります。アメリカの教材では、襲撃現場から避難する母親がベビーカーから子どもを降ろすのに10秒かかった映像が使われています。毎日何十回も行っている動作です。それでも極度の緊張下では、正しい手順では外せませんでした。

出口の話もあります。ある大規模火災では、会場に出口が4か所ありました。しかし避難は入ってきた正面入口に集中し、その通路で31人が亡くなっています。冷静であれば、ほかにも出口があることは分かっていたはずでした。緊張下の脳は、事前に意識していた選択肢しか出せません。

ここに訓練の意味があります。知識を配ることではなく、とっさに出てくる選択肢を、事前に増やしておくこと。園でいえば、正門以外の出口を職員全員が普段から意識しているかどうかです。

枠組みは「避ける・締め出す・守り抜く」の順です

ALERRTが市民向けに教えているのは、優先順位のついた3段階です。

段階内容
避けるAvoid。その場を離れる。距離と障壁を増やす。安全な場所に着いてから通報する
締め出すDeny。離れられないとき、鍵と家具で立てこもり、相手を部屋に入らせない
守り抜くDefend。避けることも締め出すこともできないとき、子どもを守り抜くための防御であり戦い。

日本でも普及している「逃げる・隠れる・戦う」と似ていますが、2段階目が決定的に違います。「隠れる」は受け身で、見つかった時点で終わります。「締め出す」は能動的で、施錠し、家具でふさぎ、相手が到達すること自体を妨げる行為です。隠れることと締め出すことは、別のものです。

扉の開く向きも実務的な論点です。内開きの扉は家具でふさげますが、外開きは押さえるしかありません。園内のどの扉がどちらか、一度見ておいてください。私が必ず園を訪問させていただく理由は、ここにもあります。

同じ階で、どのように行動したかが結果を分けた事件

2007年、バージニア工科大学ノリスホールの2階で、犯人が廊下を移動しながら教室を順に襲いました。教室ごとの行動と結果が記録に残っています。

2階の廊下と、5つの教室 襲撃の順序と結果を示す模式図です。実際の間取りではありません。 犯人は1階の外扉を鎖で施錠してから2階へ上がりました。先に逃げ道が断たれています。 2階 廊下 犯人が廊下を移動(複数回、教室に戻っている) 1 206号室 備える時間なし 死亡 77% 2 207号室 身体で扉をふさぐ 死亡 38% 3 211号室 机が間に合わず 死亡 67% 204号室 教授が扉を押さえる 死亡 14% 窓から脱出 205号室 机を扉に押し当て 死亡 0% 扉を破られず ①②③は襲撃された順序。出典:ALERRT「Civilian Response to Active Shooter Events」インストラクターガイド v6.0

この図で押さえていただきたいのは、犯人が先に1階の外扉を鎖で施錠していたという点です。被害者の逃げ道を断ってから2階に上がっています。そのうえで廊下を移動し、教室を順に襲い、同じ教室に何度か戻って犯行を繰り返しています。

同じ廊下に面した5つの教室で、結果はここまで分かれました。扉を破られなかった205号室では、撃たれた人がいません。そして204号室の学生は、2階の窓から外へ出て助かっています。扉が唯一の出口ではないという点も、あわせて覚えておいてください。

同じ階の5教室で、扉に何をしたかが結果を分けた バージニア工科大学ノリスホール 2階(2007年)/数値は室内にいた人数に対する割合 室内の全員 撃たれた 死亡 206号室 備える時間がなかった 92% / 77% 211号室 机が間に合わなかった 100% / 67% 207号室 身体で扉をふさいだ 85% / 38% 204号室 教授が扉を押さえ、窓から脱出 36% / 14% 205号室 机を扉に押し当て、低く保持 0% / 0% 同じ建物、同じ階、同じ相手。違ったのは、扉に対して何をしたかだけでした。 出典:ALERRT「Civilian Response to Active Shooter Events」インストラクターガイド v6.0 に記載の教室別データ
教室何をして、どうなったか
206号室攻撃はここから始まった。備える時間がなかった。室内の92%が撃たれ、77%が死亡
211号室机で扉をふさごうとしたが、間に合わずに押し破られた。室内の100%が撃たれ、67%が死亡
207号室一度襲われたあと、学生が身体で扉をふさぎ再侵入を阻んだ。扉は数センチしか開かず、そのときの銃撃による負傷者はなし。室内の85%が撃たれ、38%が死亡
204号室リブレスク教授が扉を押さえ、学生に窓から逃げるよう叫んだ。ほぼ3分の2が脱出。教授は扉越しに撃たれ死亡。室内の36%が撃たれ、14%が死亡
205号室反応する時間があった。大きな机を扉に押し当て、低い姿勢で押さえ続けた。犯人は扉越しに発砲したが、一度も入れなかった。撃たれた人はゼロ

204号室のリビウ・リブレスク教授は、ホロコーストの生存者でした。扉を押さえ続けて10名の学生を逃がし、自らは扉越しに撃たれて亡くなっています。

同じ建物、同じ階、同じ加害者です。違ったのは、扉に対して何をしたかだけでした。「隠れる」と「締め出す」の差が、そのまま結果に出ています。

先に決めておく5つ

そのうえで、次の5つは事前に決めて、紙に書いて、貼っておいてください。事務連絡が「役割分担の整理と掲示」と書いているのは、この意味だと理解しています。

  1. 合図の言葉——園内放送で何と言うか。子どもを怖がらせず、職員には確実に伝わる言葉を一つ決める
  2. 施錠の順番——誰が、どの扉から閉めるか。全部は閉められません。優先順位を決める
  3. 集める場所——年齢ごとに、どの部屋か。窓・扉・鍵の位置まで見て決める
  4. 通報係——110番をかける人を先に決める。「誰かがかけていると思った」がいちばん多い抜けです
  5. 外に出す判断——園内が危ないとき、どこへ、誰の判断で出るか。園外の避難先も決めておく

訓練は、うまくいくことを確認する場ではありません。止まる場所を先に見つけておく場です。決めていないことがあると、人はそこで必ず止まります。

点呼は「あとで立て直す」と決めておく

もうひとつ、事前に園の方針として合意しておくべきことがあります。緊急時に、完全な点呼はできません。正しく逃げた子どもほど、所在が分からなくなります。

アメリカの教材では、実際の事件で、犯人が弾を込め直している隙に教室を飛び出した子どもたちが生き延び、数時間後に近隣の家や屋外で発見された例が扱われています。優先するのは所在確認ではなく、子どもの安全です。

在籍確認の責任が重い保育現場では、ここを決めておかないと、職員は現場で動けなくなります。点呼は、危険が去ったあとに立て直すものと位置づけてください。

いちばん組み立てが困難なのは、「そのあと」です

ここからが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。

不審者対応の訓練は、たいてい「取り押さえた」「警察が来た」で終わります。しかし現実には、その前にけが人が出ている可能性があります。そして119番をしても、救急車がその場に着くまでには数分かかります。

刃物による傷は、数分で命に関わります。その数分を埋められるのは、そこに居合わせた人だけです。

ボストンマラソン爆弾テロが証明したこと

2013年4月15日、ボストンマラソンのゴール付近で圧力鍋爆弾2個が爆発しました。3人が現場で亡くなり、260人以上が負傷しました。

ここからが重要です。現場で亡くなった3人を除き、病院に生きて到着した負傷者は、一人も亡くなりませんでした。爆風と破片によって四肢を失った重傷者が多数いたにもかかわらず、です。

現場では、27本の止血帯(ターニケット)が使われました。その多くは、居合わせた市民が、自分のベルトや、近くの店から持ち出したTシャツで作った即席のものでした。医療者ではない人が、救急車が来る前に、出血を止めていたということです。

このとき負傷者を襲ったのは、穿通性外傷(せんつうせいがいしょう)——圧力鍋に詰められた釘やベアリングが体を貫いた傷です。破れた血管から血が出続けるため、手当てをしなければ数分で失血死に至ります。その穿通性外傷の出血で、搬送後に命を落とした人は一人もいませんでした。

そして刃物による傷も、同じ穿通性外傷です。原因が爆弾の破片か刃物かは関係がありません。血管が破れて血が出続けるという点で、体の中で起きていることは同じです。ボストンで居合わせた市民の手が結果を変えられたのなら、園でも同じことができる——そう考える根拠が、ここにあります。

この結果は、アメリカで制度を動かしました。外科医らがまとめた提言(ハートフォード・コンセンサス)を経て、2015年に 「Stop the Bleed(出血を止めろ)」という国民向けキャンペーンが始まります。いまでは学校や職場で講習が行われ、AEDと並べて止血キットを置く施設が増えています。

心停止に対して市民の心肺蘇生が救命率を押し上げたのと、まったく同じ構図です。設備でも制度でもなく、居合わせた人の手が結果を変えた。この考え方は、当事務所の救命講習でもお伝えしています。

出血への対応は、理解が難しい部分です

保育園で行われている救命講習は、心肺蘇生とAED、そして気道内異物除去が中心です。これは正しい優先順位です。園で起きる死亡事故の型を考えれば、まずそこから入るべきです。

ただし刃物による大量出血は、その3つのどれでも止まりません。押さえる場所、押さえる強さ、どこまでやってよいのか。ここは、独学で身につけるのが困難な部分です。

国の事務連絡は、安全計画のなかで「救急対応(心肺蘇生法、気道内異物除去、AED・エピペン®の使用等)の実技講習を定期的に受け、保育所内でも訓練を行うこと」を求めています。この「等」に、出血への対応を入れておく。不審者対応の訓練と救命講習を別々のものにしないことが、いちばん現実的な備えだと考えています。

日本で現実に起きるのは、刃物とガソリンです

ここまでアメリカの知見を見てきました。最後に、日本の現実に戻します。

米国の襲撃事案は93.3%が銃器で、刃物は4.7%、車両は2.0%です。日本はまったく違います。実際に起きているのは、刃物と、ガソリンによる放火です。

手段日本で起きた事案
刃物附属池田小(2001年)児童8名が死亡、15名が負傷/川崎市登戸(2019年)2名が死亡
ガソリン京都アニメーション(2019年)36名が死亡/北新地のクリニック(2021年)26名が死亡

この違いが、対応の設計を変えます。刃物であれば、締め出すことに意味があります。扉を閉め、家具でふさげば、相手は入ってこられません。時間が稼げます。

ところがガソリンによる放火には、避ける・締め出す・守り抜くのどれも間に合いません。着火した時点で、選べる手が残っていないからです。米国で確立された枠組みは、事が起きてからの話です。日本でもっとも起こりうる型には、その枠組みが届きません。

だから結論はひとつです。効くのは、事前だけ。日常の訪問者の観察と、施錠。この2つに尽きます。守り抜くは最終手段であって、そこに頼る設計にしてはいけません。

観察が効くのは、襲撃が計画されるからです

「日頃の観察が大事」と言われても、抽象的に聞こえます。なぜ効くのか、理由があります。FBIが襲撃者63名を詳細に分析した研究の数字です。

事実数値
1週間以上かけて計画していた77%
1週間以上かけて準備していた46%
周囲から観察できた犯人の懸念行動1人あたり平均4.7個
襲撃前1年間のストレス要因平均3.6個

衝動ではありません。計画され、その過程で平均4.7個の兆候が、周囲から見える形で出ていました。

気づいていたのは、専門家ではありません

同じ研究で、誰が懸念行動に気づいていたかも分かっています。18歳未満の襲撃者では学校の同級生と教師、18歳以上では配偶者・同居パートナーが最も多く犯人の行動を観察していました。

日常的に接している人が、いちばんよく見ています。園に置き換えれば、それは職員です。専門家を呼ぶ話ではありません。

見るのは、属性ではなく行動です

ここで注意が要ります。「どういう人が危ないか」を属性で決めてはいけません。米国CISAの指針は、人種・宗教・性別・性的指向・年齢・障害、またはこれらのみの組み合わせを唯一の根拠としてはならないと明記しています。ALERRTの教材にも「決まったプロファイルは存在しない」と書かれています。

実務上も成立しません。園に出入りする人を属性で絞っても、対象がまったく絞れないからです。そして加害者の一定割合は、すでに顔を知られた関係者です。属性で弾く発想では、この型をまるごと取り逃がします。

見るのは、誰であるかではなく、何をしているかです。

園でやることは、3つだけです

  • 声をかける ── 見られていることが伝わり、誰が来たか分かり、記録に残ります。ひとつの動作で3つ効きます
  • 記録する ── 来訪者の受付簿。指導監査の点検項目でもあります
  • 決まった相手に伝える ── 異変に気づいても、伝える先が決まっていなければ、そこで止まります

費用はかかりません。今日から始められます。

病院に併設された保育園の場合

院内保育所や病児保育室など、医療機関に併設された園には、固有の論点があります。先に挙げた北新地の事案は、まさにクリニックで起きました。

患者は、園児とまったく同じ構造にあります

  • 避けられない ── 処置中・手術中・透析中の患者は、自力で動けません
  • 締め出せない ── 病室の施錠も、家具を動かすこともできません
  • 守り抜けない ── 身体的に抵抗できません

0〜2歳児と同じです。3つとも職員が代行するという設計思想を、そのまま共有できます。園と病院で別々の計画を作る必要はありません。

医療機関に固有の落とし穴

論点内容
火災報知機作動すると電磁ロックが解放されます。封鎖が一瞬で無効になります
専門コード職員には通じても、患者・面会者・業者には通じません。平易な言葉にします
危険区域MRI室・医療ガス・感染区域。駆けつける消防と警察に伝わる表示か、連絡担当者を決めておきます
患者の対応患者を置いて避難することへの職業倫理上の葛藤。事前に整理しないと、現場で判断が止まります

MRI室はとくに注意が要ります。強力な磁場のため金属を持ち込めず、装備を身につけた警察官が立ち入れば、装備ごと装置に引き寄せられます。初動対応者が建物の詳細を知っていることはあり得ません。施設の側で、表示か連絡担当者を用意しておく必要があります。

【現場からのひとこと】

消防で20年間、災害現場と救急現場に出てきました。訓練を指導する側にも立ってきました。

そのなかで、はっきり分かったことがあります。人が止まるのは、知らないときだけではありません。決めていないときです。

知らないことは、なんとかその場で調べて対応できます。しかし「誰が110番するか」を決めていない現場では、全員が同じ方向を見たまま、数十秒が過ぎます。あとで聞くと、みな「他の人がかけていると思った」と言います。責められる話ではありません。決めていなかったのだから、そうなります。

不審者対応は、恐ろしい話に見えて、実際にやることは地味です。合図の言葉を一つ決める。鍵を閉める順番を決める。通報係を決める。紙に書いて貼る。年に一度、それを試してみる。

それだけのことが、その日にできることを決めます。

いま確認しておきたい10項目

  • 不審者侵入時のマニュアルがあるか(安全計画とは別に、手順として)
  • そのマニュアルに、職員一人ひとりの役割分担が書かれているか
  • 役割分担が掲示されているか(事務連絡は「整理と掲示」を求めています)
  • 非常勤職員・保育補助者にも共有されているか
  • 合図の言葉が決まっていて、全職員が知っているか
  • 110番通報の担当者が決まっているか
  • 年齢別に、集める部屋・避難させる場所が決まっているか
  • 不審者侵入を想定した訓練を、年1回以上行っているか
  • 訓練の記録に、日時・内容・参加人員・所要時間・反省点が書かれているか
  • けが人が出た場合の応急手当まで、訓練に含めているか

9番目については、指導監査で訓練記録の要素として確認される項目です。反省点の欄が毎回「特になし」になっている園は、そこだけで指摘の対象になり得ます。

よくあるご質問

Q. 保育園に不審者対応の訓練は義務ですか?
A. 訓練そのものを回数で定めた条文はありません。ただし安全計画の策定は義務(設備運営基準第6条の3)であり、国の事務連絡は安全計画に盛り込む取組として「不審者の侵入を想定した実践的な訓練」を挙げています。保育所保育指針も「外部からの不審者等の侵入防止のための措置や訓練」を求めています。実務上は、年1回以上を安全計画に書き込んでおくのが安全です。

Q. 避難訓練と一緒にやってもよいですか?
A. 分けることをおすすめします。火災・地震の避難訓練は「外へ出す」訓練で、不審者対応は多くの場合「中に閉じこもる」訓練です。動きが逆になるため、同じ日にまとめると子どもが混乱します。年間計画のなかで別の月に置いてください。

Q. さすまたは必要ですか?
A. あったほうがよいですが、置いてあるだけでは意味がありません。重さと長さを一度持って確かめ、どこに置くか、誰が取りに行くかまで決めてはじめて備品になります。なお、さすまたは相手を制圧する道具ではなく、距離を保つ道具です。そこを取り違えると、かえって危険になります。

Q. 子どもを怖がらせずに訓練できますか?
A. できます。子どもに求めるのは「合図が聞こえたら、先生のところに静かに集まる」だけで十分です。不審者役を子どもに見せる必要はありません。判断と手順の練習は、子どものいない時間帯に職員だけで行う形(机上訓練)が有効です。

Q. 警察に相談できますか?
A. できます。所轄の警察署が防犯講習や訓練への協力を行っています。自治体の自主点検表にも、警察の防犯講習を活用しているかという趣旨の項目があります。地域の関係機関との協力体制の構築は、事務連絡でも求められている項目です。

Q. BCP(業務継続計画)とは関係がありますか?
A. あります。事件が起きたあと、園は休園の判断、保護者対応、職員の心のケア、警察への協力といった通常業務外の対応を抱えます。「起きたあとに、どうやって保育を再開するか」はBCPの領域です。詳しくは保育園のBCPをご覧ください。

まとめ

  • 不審者対応は、義務である安全計画の中身。指針にも事務連絡にも名指しで書かれている
  • 事務連絡は「不十分である場合は、速やかに策定・見直しを行うこと」まで書いている
  • 日本の制度は2001年の附属池田小事件を境に組み直された
  • アメリカはFEMAとALERRTで教材を標準化している。銃器以外も対象に入っており、日本でも使える
  • ただしRun/Hide/Fightは0〜2歳児で成立しない。翻案が要る
  • 先に決めるのは5つ。合図の言葉/施錠の順/集める場所/通報係/外に出す判断
  • いちばん組み立てが困難なのは「そのあと」。出血への対応まで訓練に入れる
  • 日本で現実に起きるのは刃物とガソリン。ガソリンによる放火には、事後の枠組みが届かない
  • だから効くのは事前だけ。日常の訪問者の観察と、施錠。守り抜くは最終手段
  • 襲撃の77%は1週間以上かけて計画され、平均4.7個の兆候が周囲から見えていた
  • 見るのは属性ではなく行動。声をかける・記録する・決まった相手に伝える
  • 病院併設の園では、患者と園児が同じ構造。計画の骨格を共有できる

不安が大きいテーマですが、やることは決めて、書いて、貼って、試すことです。園だけで抱え込む必要はありません。

不審者対応の備えでお困りの方へ

当事務所は、大阪市消防局に20年勤務した元消防司令補・救急隊長(救急救命士・防災士)が代表を務めています。不審者対応については、アメリカ連邦政府の公的教材(FEMA IS-907.a)を原文で読み込み、2026年9月にテキサス州立大学ALERRTセンターのCRASEインストラクター資格を取得しました。

安全計画・BCP・非常災害対策計画・避難確保計画・消防計画の作成から、訓練シナリオの設計、救命講習の実施までを一括してお引き受けします。月額30,000円(税別)です。小規模保育事業所等は月額15,000円(税別)です。

👉 料金とサービス内容を見る初回相談は無料です

病院・診療所、院内保育所にも対応しています。患者と園児は「自力で避けられない・締め出せない・守れない」という同じ構造にあり、計画の骨格を共有できます。医療機関に固有の論点(電磁ロックと火災報知機、危険区域の表示、患者の遺棄をめぐる整理)も含めてお引き受けします。

顧問契約のほか、職員研修や計画の点検のみといったスポットでのご依頼も承ります。まずはご相談ください。

この記事の根拠

  • 不審者侵入防止の措置と訓練──保育所保育指針(平成29年厚生労働省告示第117号)第3章 3(2)ウ。「外部からの不審者等の侵入防止のための措置や訓練など不測の事態に備えて必要な対応を行うこと」
  • 安全計画に盛り込む取組──「保育所等における安全計画の策定に関する留意事項等について」(令和4年12月15日 厚生労働省子ども家庭局保育課 事務連絡)②(2)マニュアルの策定・共有、③実践的な訓練や研修の実施
  • 安全計画の義務──児童福祉施設の設備及び運営に関する基準(昭和23年厚生省令第63号)第6条の3。地域型保育事業は家庭的保育事業等の設備及び運営に関する基準第10条の3
  • 幼保連携型認定こども園の危険等発生時対処要領──学校保健安全法(昭和33年法律第56号)第29条。就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律により準用
  • 附属池田小事件──2001年6月8日、大阪教育大学附属池田小学校。児童8人が死亡、児童・教職員15人が負傷
  • FEMA IS-907.a「Active Shooter: What You Can Do」──米国連邦緊急事態管理庁。無料・オンライン・約60分。米国連邦政府の職務著作であり、合衆国法典第17編第105条によりパブリックドメイン
  • ALERRT──テキサス州立大学(Texas State University)刑事司法学部のALERRTセンター。2013年にFBIがアクティブシューター対応訓練の全米標準に指定。市民向けのCRASE(Avoid / Deny / Defend)は25万人以上が受講
  • ボストンマラソン爆弾テロ──2013年4月15日。現場で3人が死亡、260人以上が負傷。病院に生存して到着した負傷者に死亡者はなし。現場で27本の止血帯が使用され、その多くは居合わせた市民による即席のもの。これを契機にハートフォード・コンセンサスがまとめられ、2015年にStop the Bleedキャンペーンが開始された
  • 通り魔事件の定義および認知・検挙事件数──警察庁。平成7年〜平成28年は各年の犯罪情勢に掲載、以降はデータ窓口
  • 無差別殺傷事犯に関する研究──法務総合研究所 研究部報告50(2013年)。戦後の重大事犯52件を分析
  • Active Attack Data 2000–2024──ALERRT/FBI。全597件の集計
  • Civilian Response to Active Shooter Events 教材 Version 6.0──ALERRT, Texas State University
  • 襲撃前の行動──FBI「A Study of the Pre-Attack Behaviors of Active Shooters in the United States Between 2000 and 2013」(2018年)。襲撃者63名の詳細分析。77%が1週間以上かけて計画、1人あたり平均4.7個の懸念行動
  • 京都アニメーション放火殺人事件──2019年7月18日、36名が死亡
  • 北新地ビル放火殺人事件──2021年12月17日、クリニックで26名が死亡
  • 参照した公的資料(外部リンク)──FEMA IS-907.a コースページALERRT「Avoid, Deny, Defend」公式サイトFBI 襲撃前行動の研究(PDF)Stop the Bleed警察庁 年間の犯罪こども家庭庁 こどもの安全

記載は2026年9月時点の情報です。指導監査基準は自治体ごとに定められているため、御園の所在市の基準をご確認ください。

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