【監査項目】保育園の救命講習|SIDS・誤嚥・心肺蘇生法を救急救命士が解説
「救命講習は、余裕があれば全職員に受けさせたい」──そうお考えの園長先生は多いと思います。
心肺蘇生法の研修は、指導監査で確認される項目です。実施していなければ、監査で指摘される可能性があります。この記事では、救命講習を実施する根拠と、園が「いつ・誰に・何を」受けさせればよいのかを、条文と監査基準にもとづいて整理します。
- 心肺蘇生法の歴史は古くない
- 病院に投資しても、救命率は上がりませんでした
- 救命の答えは、その場に居合わせた人でした
- 心肺蘇生法のやり方は5年ごとに変わります
- 数分が、生死を分けます
- 結論:救命講習は「あれば良いもの」ではなく、監査項目です
- 国の事務連絡にも、はっきり書かれています
- なぜ、保育園にこれが求められるのか
- 実際に、こういう事故が起きています
- 死亡事故は、4つの型に分かれます
- その多くは、質の高い応急手当で結果が変わります
- 20年、応急手当を教えてきて分かったこと
- 必ずパニックになります。だから、決めておく
- 「呼吸をしている」と見えたときが、いちばん危ない
- 「知らなかった」では済まなくなっています
- 保育園の救命講習は、大人向けとは中身が違います
- いつ、どう組み込むか
- 費用は、加算で賄える可能性があります
- 当事務所の救命講習について
- よくあるご質問
- まとめ
- 関連記事
- この記事の根拠
心肺蘇生法の歴史は古くない
いま私たちが当たり前だと思っている「胸を押して、息を吹き込む」という方法は、そんなに古いものではありません。
- 1958年 ピーター・サファーが、口対口の人工呼吸が有効であることを示します
- 1960年 ジョンズ・ホプキンス大学のカウエンホーベンらが、胸を開かずに心臓を圧迫する方法(閉胸式心マッサージ)を報告します
- 1960年代半ば この2つが組み合わされ、今の心肺蘇生法(CPR)の形になります
- 1966年 米国科学アカデミーの会議で、手順として標準化されます
まだ60年ほどしか経っていません。戦後に生まれた技術です。それ以前は、心臓が止まった人を救う一般的な方法は、事実上ありませんでした。
病院に投資しても、救命率は上がりませんでした
技術ができたあと、各国がまず取り組んだのは病院を強くすることでした。1960年代、心臓病の集中治療室(CCU)が次々につくられます。心電図で監視し、除細動器を備え、専門の医師と看護師を置く。院内で心臓が止まった患者の救命率は、たしかに上がりました。
ところが、社会全体で見た救命率は、ほとんど変わりませんでした。
理由は単純です。心臓が止まるのは、病院の中だけではないからです。自宅で、職場で、道路で、そして園で起きます。どれだけ立派な設備をそろえても、そこへ運ばれてくるまでに時間が過ぎてしまう。病院の入口に着いたときには、もう手遅れになっている。設備投資では、この時間を短くできませんでした。
1966年、北アイルランド・ベルファストのフランク・パントリッジは、発想を逆にします。患者を病院へ運ぶのではなく、病院を患者のところへ運ぶ。除細動器を積んだ移動式のCCU、つまり今の高規格救急車の原型です。これで一歩前進しました。
それでも、まだ足りませんでした。救急車が到着するまでの数分間が、どうしても空いてしまうからです。
救命の答えは、その場に居合わせた人でした
この空白を埋めたのが、アメリカ・シアトルの取り組みです。
1970年、ハーバービュー医療センターのレナード・コッブ医師とマイケル・コパス医師が、シアトル市消防局のゴードン・ヴィッカリー消防長と組んで「Medic One」を始めます。最初に訓練を受けたのは消防士15人。医師が行っていた心肺蘇生、除細動、静脈路確保を、消防士が現場で行えるようにしました。日本の救急救命士の原型です。
そして翌1971年、コッブたちはもう一歩踏み込みます。市民に心肺蘇生法を教える「Medic Two」です。医療者でも消防士でもない、ただそこに居合わせるかもしれない人たちに、胸の押し方を教えて回りました。この講習は現在までに100万人以上が受けています。
シアトルの心停止からの生存率は、世界でもっとも高い水準になりました。コッブ医師は晩年、Medic One(専門消防士の育成) と Medic Two(市民への心肺蘇生法の講習) のどちらが重要だったかを問われて、市民への講習を挙げています。
救命率を押し上げたのは、高価な機械でも、専門家の増員でもありませんでした。その場に居合わせた、資格を持たない人の手だったということです。
心肺蘇生法のやり方は5年ごとに変わります
もうひとつ知っておいていただきたいことがあります。心肺蘇生法のやり方は、確定したものではありません。
アメリカ心臓協会(AHA)は、世界中の研究を集めておおむね5年ごとにガイドラインを改訂しています。2000年、2005年、2010年、2015年、2020年、そして2025年10月22日に最新版が公表されました。2020年版以来の全面改訂で、760項目の推奨が示されています。日本の講習も、このガイドラインに沿って内容が変わります。
実際、この20年ほどで、人工呼吸の位置づけも、胸を押す深さも、回数も変わってきました。10年前に受けた講習の中身は、いまの標準とは違います。
国が「定期的に受けること」と書いているのは、忘れるからという理由だけではありません。心肺蘇生法の基準が変化するからです。
数分が、生死を分けます
ここまでの話は、日本の統計にそのまま表れています。消防庁が令和8年1月に公表した「令和7年版 救急・救助の現況」から、令和6年中の数字です。
一般市民が目撃した心原性の心肺停止は2万7,769人。そのうち、居合わせた人が心肺蘇生を行ったのは1万6,728人(60.2%)でした。
| その場で行われたこと | 1か月後生存率 | 1か月後社会復帰率 |
|---|---|---|
| 誰も何もしなかった(11,041人) | 7.9% | 3.7% |
| 居合わせた人が心肺蘇生をした(16,728人) | 15.3% | 10.4% |
| さらにAEDで除細動まで行った(1,449人) | 53.6% | 44.4% |
資料には「約1.9倍」「約2.8倍」と書き添えられています。心肺蘇生をするかしないかで、社会復帰率が約2.8倍違うということです。AEDまで使えた場合の44.4%は、何もしなかった場合の3.7%の、およそ12倍です。
では、その差はどこで生まれるのか。同じ資料に、こうあります。
- 119番通報から救急車が現場に着くまで 平均 約9.8分
- 119番通報から医師に引き継ぐまで 平均 約44.6分
この9.8分を、誰かが埋めなければなりません。園で子どもが倒れたとき、そこにいるのは救急隊ではありません。保育士です。
出典:消防庁「令和7年版 救急・救助の現況」(令和8年1月20日公表)図12ほか
結論:救命講習は「あれば良いもの」ではなく、監査項目です
高槻市の令和7年度 指導監査基準には、事故対策の欄にこう書かれています。
救急蘇生法(心肺蘇生、AED、気道異物除去等)の講習を受講させる等、対策を講じること。
【指摘事由】職員に救急蘇生法の研修が行われていない場合
指摘の標準例文まで用意されているということは、実際に指摘されている項目だということです。事故対策の欄には、ほかに「指針が適切に整備されていない」「マニュアル整備等の対応策が確立されていない」「事故防止措置の担当者が設置されていない」が並びます。
出典:高槻市「令和7年度 指導監査基準」43ページ
国の事務連絡にも、はっきり書かれています
安全計画の策定に関する国の事務連絡は、「実践的な訓練や研修の実施」として次を挙げています。
救急対応(心肺蘇生法、気道内異物除去、AED・エピペン®の使用等)の実技講習を定期的に受け、保育所内でも訓練を行うこと
研修や訓練は常勤保育士だけでなく非常勤職員も含め、保育所の全職員が受講すること
ここには重要な条件が3つ入っています。
- 「実技」講習であること ── 動画を見るだけでは足りません
- 「定期的に」受けること ── 一度受けて終わりではありません
- 「全職員」が受講すること ── 非常勤職員も含みます
この3つ目が、いちばん抜けています。朝夕の延長保育に入るパート職員がいるとしたら、その職員が手薄な時間帯にその場にいる人だからです。
出典:こども家庭庁(厚生労働省子ども家庭局保育課)「保育所等における安全計画の策定に関する留意事項等について」令和4年12月15日事務連絡
なぜ、保育園にこれが求められるのか
保育所保育指針と国のガイドラインは、重大事故が起きやすい場面を3つ名指ししています。
- 睡眠中
- プール活動・水遊び中
- 食事中
いずれも、火災や地震とは関係ありません。日常保育のなかで起きるものです。そして3つとも、気道の問題に直結します。
国の事務連絡は、たとえば睡眠中についてこう書いています ── 医師からうつぶせ寝を勧められている場合以外は顔が見える仰向けに寝かせる。睡眠前には口の中に異物等がないかを確認する。柔らかい布団やぬいぐるみを使わない。ヒモ状のものをそばに置かない。
食事の場面については、咀嚼や嚥下機能を含む発達や喫食の状況、当日の健康状態を把握し、誤嚥等による窒息のリスクとなるものを除去すること。
予防を尽くしても、起きるときは起きます。そのときに手が動くかどうかが、救命講習の意味です。
出典:保育所保育指針(平成29年厚生労働省告示第117号)第3章3(2)/前掲 令和4年12月15日事務連絡
実際に、こういう事故が起きています
こども家庭庁は、教育・保育施設等で起きた死亡事故・意識不明事故・治療30日以上の重篤な事故を毎年集計して公表しています。令和6年の数字はこうです。
- 報告件数 3,130件(前年比 −61件)
- うち死亡 1件(放課後児童クラブ/プール活動・水遊び中/溺死)
- 負傷等 3,129件のうち、2,533件〔81%〕が骨折
- 負傷等の89%が施設内、そのうち半分は施設内の「室外」で起きています
そして、平成16年から令和7年までの22年間で、死亡事故は累計238件報告されています。内訳はこうです。
| 施設・事業 | 累計の死亡事故 |
|---|---|
| 認可外保育施設 | 152件 |
| 認可保育所 | 69件 |
| 幼保連携型認定こども園 | 5件 |
| 放課後児童クラブ | 4件 |
| 小規模保育事業/家庭的保育事業 | 各2件 |
| 幼稚園型・保育所型認定こども園/一時預かり/病児保育 | 各1件 |
| 計 | 238件 |
6割以上が認可外保育施設です。ただし認可保育所でも69件起きています。この差は単純に、人手の問題が関与していると考えられます。
数字だけを見ると「年に数件」です。ですが、その1件はほぼ毎年どこかの園では起きています。実際に何が起きたのかを、公表されている事例で見ていきます。
プール活動 ── 目を離した3分間
2017年8月、さいたま市の私立保育園。ブルーシートで作った水深70〜95センチの仮設プールに、3〜5歳の園児20人。監視についていた保育士は1人でした。その保育士がプール用の滑り台を片付けるため、約3分間その場を離れます。4歳の女児がうつぶせの状態で見つかり、翌日、亡くなりました。
さいたま地裁は、元園長と元保育士に禁錮1年(元園長は執行猶予4年、元保育士は執行猶予3年)の有罪判決を言い渡しています。
2011年には神奈川県の私立幼稚園でも、直径約4.15メートル・水深21センチの円形プールで3歳児が溺れて亡くなっています。新任の教諭が11人を1人で監視しており、遊具を片付けていた30秒に満たない間の出来事でした。業務上過失致死について、担当教諭の有罪と園長の無罪が確定しています。
国のガイドラインが、プール活動についてこう書いているのはこのためです。
プール活動・水遊びを行う場合は、監視体制の空白が生じないように専ら監視を行う者とプール指導等を行う者を分けて配置し、また、その役割分担を明確にする。
・監視者は監視に専念する。
・動かない子どもや不自然な動きをしている子どもを見つける。
・十分な監視体制の確保ができない場合については、プール活動の中止も選択肢とする。
睡眠中 ── うつぶせのまま
死亡事故の発生場面として、いちばん多いのが睡眠中です。令和6年の3件のうち2件が睡眠中でした。
生後4か月の男児が保育中に亡くなった事案では、大阪高裁がうつぶせによる鼻口閉鎖での窒息死と認定し、職員の注意義務違反を認めて、両親に総額5,000万円余りの損害賠償を命じたと報告されています。
ガイドラインが挙げる、睡眠前と睡眠中の確認事項はこれだけあります。
- 医師からうつぶせ寝をすすめられている場合以外は、顔が見える仰向けに寝かせる
- やわらかい布団やぬいぐるみ等を使用しない
- ヒモ状のもの(よだれかけのヒモ、ふとんカバーの内側のヒモ、ベッドまわりのコード等)を置かない
- 口の中に異物がないか確認する
- ミルクや食べたもの等の嘔吐物がないか確認する
- 子どもの数・職員の数に合わせ、定期的に呼吸・体位・睡眠状態を点検する
食事中 ── 普段食べているものが詰まる
ガイドラインは、はっきりこう書いています。
子どもの年齢月齢によらず、普段食べている食材が窒息につながる可能性があることを認識して、食事の介助及び観察をする。
過去に事故が起きた食材として、白玉風のだんご、丸のままのミニトマトが名指しで挙げられ、「誤嚥を引き起こす可能性について保護者に説明し、使用しないことが望ましい」とされています。
食べ物だけではありません。髪ゴムの飾り、キーホルダー、ビー玉や石も、誤嚥につながるものとして名指しされています。子どもが身につけて登園してくることがあるため、保護者を含めた協力を求めるように、とも書かれています。
詰まったとき、その場でできるのは背部叩打法と胸部突き上げ法です。1歳未満と1歳以上でやり方が変わります。救急車を待っている9.8分の間に、これができるかどうかです。
しかし救急救命士としての経験からお伝えすると、窒息の救命は非常に困難です。なにより大切なのは喉を詰めないこと。窒息の原因となるモノ、場面をしっかりと把握する。日常からそのリスクを排除することが大切です。
保育園で節分の豆での窒息事故も過去に起きています。個人的な見解ですが、豆を保育園でわざわざ食べさせる必要は無いと考えます。あまりにリスクが高い。保育園で豆まきをするのであれば、その後食べるのは「豆」ではなく「きな粉」にする。これでリスクがかなり下がります。リスクを取り除いていく、このような対策が保育園経営には必要と考えます。
死亡事故は、4つの型に分かれます
238件を並べていくと、起きている場面はほぼ4つに集約されます。研修でもこの整理でお伝えしています。
| 型 | 起きること | 実際の事例 |
|---|---|---|
| ① 睡眠中 (最多) | うつぶせ寝・SIDS。呼吸が止まっていることに、しばらく気づけない | 死亡事故の発生場面として、毎年いちばん多い |
| ② 食事中 | 窒息。普段食べている食材で起きる | 2020年2月3日 松江市の認定こども園。節分の豆まきで4歳男児 |
| ③ 水 | 溺水。数十秒、目を離した間に起きる | 2017年8月24日 さいたま市の認可保育園。プールで4歳女児 |
| ④ 送迎バス | 置き去りによる熱中症 | 2021年7月 福岡県中間市の認可保育園。5歳男児が9時間放置 |
この4つには共通点があります。「人手が足りない時間帯」「いつもと違う環境」「見ているつもり」の3つです。行事の日、プールの日、夏の送迎。どれも普段と違う日に起きています。
その多くは、質の高い応急手当で結果が変わります
4つの型を、体に起きていることで並べ直すと、こうなります。
- 睡眠中 ── 呼吸が止まる
- 食事中 ── 気道が塞がる
- 水 ── 呼吸が止まる
- 送迎バス ── 熱中症による意識障害
4つとも、気道と呼吸の問題です。そして気道と呼吸は、医師でなくてもその場で手当てできる領域です。救急車の到着は全国平均で約9.8分。この9.8分に何をしたかで、結果は変わります。
ただし――「何かをした」だけでは足りません。ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。
松江市の事故が示していること
先ほどの松江市の事例を、もう少し詳しく見ます。市の事故検証部会の報告によると、遊戯室では園児20人に対して保育士が8人いました。人手が足りなかったわけではありません。
倒れている子に気づいた職員は、その場で心肺蘇生を行い、AEDも使っています。やるべきことをやっているのです。
それでも助かりませんでした。検証で指摘されたのは、発見したとき、誤嚥だとは認識されていなかったという点です。
気道が食べ物で塞がっている場合、まず必要なのは背部叩打法と胸部突き上げ法です。窒息を解除しないと救命はできません。胸骨圧迫もAEDも正しい手当てですが、順番が違うと届かないということです。
これは、その場にいた職員を責める話ではありません。知らなければ、その場で正しい手は選べない。それだけのことです。だから講習が要ります。
松江市はこの事故のあと、公立の保育所・幼稚園・幼保園で節分に炒り大豆と乾いた豆を使わないことを決めました。ご遺族はいまも再発防止の啓発を続けておられます。
20年、応急手当を教えてきて分かったこと
私は大阪市消防局に20年間勤務し、救急救命士・救急隊長として2万人以上の傷病者の搬送に対応してきました。あわせて、市民の方への応急手当の指導も20年続けてきました。
SIDSで心肺停止になった乳児を搬送した経験もあります。あの現場の空気は、いまも覚えています。
教える側として、この20年でいちばん強く感じてきたことがあります。知識がある人でも、本番では手が止まるということです。
必ずパニックになります。だから、決めておく
目の前で子どもが倒れたとき、講習を受けた人でも動けなくなります。これは性格の問題ではありません。誰にでも起きます。理由は3つあります。
- 判断を求められるから ── 「呼吸はあるか」「これは心停止か」。迷っている間に時間が過ぎます
- 役割が決まっていないから ── 全員が同じ子に集まり、119番もAEDも誰も動かない、という形になります
- 声が出ないから ── 「誰か来て」では誰も来ません
逆に言えば、この3つは事前に潰せます。研修では、次の形をお伝えしています。
① 判断させない
迷ったら胸骨圧迫を始める。これを園の決めごとにします。呼吸の有無を見分けるのは、訓練を受けた救急隊でも難しいことがあります。判断を現場に背負わせないことが、いちばん確実です。
② 役割を、人数から逆算して決めておく
「誰が胸を押し、誰が119番し、誰がAEDを取りに走り、誰がほかの子どもを別の部屋へ移し、誰が保護者に連絡し、誰が時刻を記録するか」。これを、園にいちばん人が少ない時間帯の人数で決めます。職員5人での役割分担は、2人の日には使えません。
③ 名指しで叫ぶ
「誰か」ではなく「○○先生、119番してください」と名前で呼ぶ。人は、自分が指名されて初めて動きます。声に出す練習まで含めて、はじめて訓練です。
そしてAEDまで何歩か、実際に走ってみてください。「たしか事務室にあったはず」では、本番で探すことになります。
訓練の目的は、うまくできることを確認する場ではありません。止まる場所を、先に見つけておく場です。
「呼吸をしている」と見えたときが、いちばん危ない
2011年9月、さいたま市立の小学校で、6年生の女子児童が駅伝の練習中に倒れました。
その場にいた教員は、けいれんと、ゆっくりとあえぐような呼吸を見ました。「呼吸がある」と判断し、校内にあったAEDを使いませんでした。児童は翌日、亡くなっています。
このあえぐような呼吸を死戦期呼吸といいます。心臓が止まった直後によく見られるもので、呼吸ではありません。しゃくり上げるような、不規則な動きです。訓練を受けていない人が見ると、ほぼ確実に「息をしている」と判断します。私も現場で、ご家族が「息をしていたので何もしませんでした」とおっしゃる場面を、何度も見てきました。
さいたま市教育委員会は翌2012年、この事故を踏まえた対応テキストをまとめました。通称「ASUKAモデル」です。その要点は、当時の一般的な指針より一歩踏み込んだものでした。
呼吸の有無に迷ったら、ためらわずに胸骨圧迫とAEDを行う。
迷ったらやる。これが結論です。心臓が動いている人に胸骨圧迫をしても、AEDのパッドを貼っても、致命的なことにはなりません。AEDは、電気ショックが必要でなければ流しません。機械が判断します。
逆に、止まっている人に何もしなかった場合、失われるものは戻りません。やらなかったことのほうが、はるかに重い。
「知らなかった」では済まなくなっています
ここまで見てきたことを、園の立場で整理します。
- 国のガイドラインが、心肺蘇生法を含む応急手当の教育の場を設け、日常において実践的な訓練を行うことを求めている
- 安全計画に関する国の事務連絡が、実技講習を定期的に、全職員にと書いている
- 指導監査基準に、「職員に救急蘇生法の研修が行われていない場合」という指摘区分がある
これだけ書かれているということは、事故が起きたときに「そこまでは求められていなかった」という説明が通りにくくなっているということです。求められていた措置を講じていたかどうかは、注意義務違反の有無を判断するときに、まず見られる部分です。
プールの2件が示しているのは、そこにいた保育士が悪い人だったということではありません。体制がそうなっていたということです。監視を1人に任せた。片付けを同じ人にやらせた。そして誰も、それを危ないと思わなかった。
救命講習は、その体制を作り直すための入口です。「誰が胸を押し、誰が119番し、誰がAEDを取りに走り、誰が他の子どもを見るか」を、園の人数で決めておく。これは講習を受けなければ決められません。
出典:こども家庭庁「令和7年教育・保育施設等における事故報告集計」(令和8年7月29日公表)/松江市「教育・保育施設等における重大事故の再発防止について」(事故検証部会の検証結果・再発防止策13の提言)/同「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン【事故防止のための取組み】」平成28年3月/プール事故・睡眠中事故の裁判例は公表報道および弁護士事務所の解説による/ASUKAモデルはさいたま市教育委員会「体育活動時等における事故対応テキスト」
保育園の救命講習は、大人向けとは中身が違います
ここが、消防で20年間、救急の現場にいた立場からいちばんお伝えしたいところです。
一般の普通救命講習は、成人の心停止を想定して組まれています。倒れている人を見つけて、反応を確認して、胸骨圧迫をして、AEDを使う。
保育園で起きることは、これとは違います。
| 場面 | 園で必要になる手技 |
|---|---|
| 食事中に詰まらせた(乳児) | 背部叩打法・胸部突き上げ法。腹部突き上げ(ハイムリック)は乳児には行いません |
| 食事中に詰まらせた(幼児) | 背部叩打法・腹部突き上げ法 |
| 午睡中に反応がない(乳児) | 乳児の心肺蘇生。圧迫の位置・深さ・指の使い方が成人と違います |
| AEDを使う | 未就学児にはパッドの貼り方と小児モードの扱いがあります |
| アナフィラキシー | エピペン®の使用。国の事務連絡にも明記されています |
| 熱性けいれん | 乳幼児に多く、保護者に説明できる必要があります |
保育園に必要なのは単なる乳幼児向けの救命講習ではないと考えています。必要なのは保育園における過去の事故データから逆算した心肺蘇生法です。
保育園に必要なのは、0歳から5歳までを想定した実技です。そしてそれを、園の実際の部屋で、園の人形と、園にあるAEDでやることに意味があります。
いつ、どう組み込むか
国が示す安全計画の記載例では、救命救急講習は10月に置かれています。同じ月に保護者参加の引渡し訓練があり、12月に119番通報訓練が入る組み方です。
ただし、月はいつでも構いません。大事なのは、安全計画の年間カレンダーに書き込むことです。
安全計画は令和8年7月から減算の対象になりました。判定されるのは「作ったかどうか」ではなく、①職員への研修・訓練 ②保護者への周知 ③定期的な見直しを、それぞれ最後に実施した日から1年以内に行っているかです。
救命講習は、この①のタイマーを止める行為でもあります。監査項目を満たしながら、減算のタイマーもリセットできる。園にとっては一石二鳥です。
出典:こども家庭庁「令和8年度 公定価格・基準等の見直し事項」9ページ/児童福祉施設の設備及び運営に関する基準 第6条の3第2項〜第4項/安全計画の記載例(資料03・横須賀市ほか)
費用は、加算で賄える可能性があります
施設機能強化推進費加算は、令和8年度から保育所・幼稚園・認定こども園で20万円に拡充されました(従来は全施設一律16万円)。複数事業の実施という要件も廃止され、取りやすくなっています。
要件①は「職員等の防災教育及び災害発生時の安全かつ迅速な避難誘導体制を充実する等の施設の総合的な防災対策を図る取組」で、実施方法の例示に「職員等への防災教育、訓練の実施及び避難具の整備を促進する」とあります。そして支出対象経費には謝金・委託費(防災訓練等)が明記されています。
ひとつ注意点があります。加算の申請は、毎年12月末までに市町村へ提出する必要があります。年内に動かなければ、その年度分は取れません。
出典:こども家庭庁「令和8年度 公定価格・基準等の見直し事項」10ページ/「特定教育・保育等に要する費用の額の算定に関する基準等の実施上の留意事項について」24ページ。加算の適用可否は自治体のご判断によります。
当事務所の救命講習について
私は大阪市消防局に20年間勤務し、救急救命士・救急隊長として2万人以上の傷病者の搬送に対応しました。東日本大震災では岩手県で災害活動に従事しています。
園にお伺いして、乳児の心肺蘇生、誤嚥(背部叩打法・胸部突き上げ法)、AED、エピペン®、熱性けいれんを実技で行います。テキストを配って終わりにはしません。
多くの園は、すでに消防署の救命講習を受けておられます。そのうえで保育園で実際に起きている事故のデータから救命講習を行い予防体制を構築すること。これが当事務所の役割だと考えています。
受講の記録は、監査で示せる形でお渡しします。日付・参加者・内容が入っていなければ、実施したことの証明になりません。
よくあるご質問
Q. 救命講習は、何年ごとに受け直せばよいですか。
A. 法令に「○年ごと」という定めはありません。ただし心肺蘇生法のやり方はおおむね5年ごとに改訂されており、消防機関の普通救命講習も再受講の目安を2〜3年としているところが多くあります。安全計画に「年1回」と書いて毎年回すのが、いちばん確実です。
Q. 動画を見るだけの研修ではだめですか。
A. 国の事務連絡は「実技講習を定期的に受け」と書いています。胸骨圧迫の深さも、乳児の背部叩打法も、実際に手を動かさなければ身につきません。動画は事前学習として有効ですが、それだけでは要件を満たしていないと考えるべきです。
Q. 非常勤やパートの職員も受けなければいけませんか。
A. 国の事務連絡は「常勤保育士だけでなく非常勤職員も含め、保育所の全職員が受講すること」としています。むしろ朝夕の延長保育に入る職員こそ、園がいちばん手薄な時間帯にその場にいる人です。
Q. 園にAEDがありません。置くべきですか。
A. 保育所にAEDの設置義務はありません。ただし、近隣のどこにAEDがあるか、緊急時に使わせてもらえるかを確認しておくことは、自治体の自主点検表にも項目として入っています。まずは最寄りのAEDの場所を、全職員が言えるようにしてください。
Q. 子どもが倒れたとき、呼吸をしているように見えたらどうすればよいですか。
A. 迷ったら胸骨圧迫を始めてください。心臓が止まった直後には、あえぐような「死戦期呼吸」が見られることがあり、訓練を受けていないと呼吸と区別できません。心臓が動いている人に胸骨圧迫をしても致命的にはならず、AEDは電気ショックが不要なら流しません。
Q. 講習を受けた記録は、どう残せばよいですか。
A. 日付・参加者名・実施内容の3つが入っていなければ、実施したことの証明になりません。安全計画の「職員の研修及び訓練」の欄と紐づけて、年間の記録として綴じておくのが確実です。
まとめ
- 保育施設の死亡事故は22年で238件(認可外152・認可保育所69)。4つの型は、どれも気道と呼吸の問題
- 松江市の事例は、心肺蘇生とAEDを行っても、誤嚥だと気づけなければ届かないことを示している
- 本番では必ず手が止まる。だから「判断させない・役割を先に決める・名指しで叫ぶ」を園の決めごとにする
- 心肺蘇生法はまだ60年ほどの技術。救命率を上げたのは病院への設備投資ではなく、その場に居合わせた人の手だった
- やり方は5年ごとに改訂される。10年前に受けた講習の中身は、いまの標準とは違う
- 居合わせた人の心肺蘇生で社会復帰率は約2.8倍、AEDまで使えば44.4%。救急車の到着は平均9.8分
- 迷ったら胸骨圧迫を始める。死戦期呼吸は「呼吸あり」に見える
- 救急蘇生法の研修は指導監査で確認される項目。指摘の標準例文まで用意されている
- 国の事務連絡は「実技」「定期的に」「非常勤を含む全職員」の3条件を示している
- 重大事故が起きやすいのは睡眠中・プール活動/水遊び中・食事中。いずれも気道の問題に直結する
- 保育園に必要なのは0歳から5歳を想定した実技。乳児に腹部突き上げ法は行わない
- 安全計画の年間カレンダーに書き込めば、減算判定の「研修・訓練」のタイマーも止まる
- 費用は施設機能強化推進費加算(令和8年度20万円)で賄える可能性がある。申請は毎年12月末まで
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- 保育園の消防計画|避難訓練との関係と届出のタイミング
この記事の根拠
- 高槻市「令和7年度 指導監査基準」43ページ(事故対策・救急蘇生法の講習/指摘事由)
- こども家庭庁(厚生労働省子ども家庭局保育課)「保育所等における安全計画の策定に関する留意事項等について」令和4年12月15日事務連絡(実践的な訓練や研修の実施/全職員の受講)
- 保育所保育指針(平成29年厚生労働省告示第117号)第3章3(2)(睡眠中・プール活動/水遊び中・食事中)
- 児童福祉施設の設備及び運営に関する基準(昭和23年厚生省令第63号)第6条の3
- こども家庭庁「令和8年度 公定価格・基準等の見直し事項」9ページ(安全計画の減算)・10ページ(施設機能強化推進費加算)
- 「特定教育・保育等に要する費用の額の算定に関する基準等の実施上の留意事項について」24ページ(加算の申請期限)
記載は2026年8月時点の情報です。指導監査基準は自治体ごとに定められているため、御園の所在市の基準をご確認ください。加算の適用可否は自治体のご判断によります。


